御礼。そして新しい年を素敵に!

2011年、いろんなことが起きましたね。皆様にとりまして2011年は、いかがだったでしょうか。柏秀樹ライディングスクールKRSとして再スタートして3年が経過し、これまで346回もの開催で多くの受講生を迎えることが出来ました。それはひとえに皆様のご理解とご支援ご協力があったからこそです。深く感謝・御礼を申し上げます。

誠にありがとうございました。

KRSはこれからもコツコツと進化を続け、受講生の皆様の安全と楽しさのためのスクールとして、「受講して良かった!」と思っていただける内容になるよう、そして「笑顔の絶えない、そして普段のバイクライフにすぐ役立つスクール」になるよう、スタッフと手を取りあって前進していきたいと思います。

2012年が受講生の皆様にとりまして、バイクを愛する皆様にとりまして、実り多き良き年となりますように、お祈り申し上げます。

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Filed under: ひとりごと… — Hideki Kashiwa 2:09 AM

こんな笑顔でクリスマスと正月を迎えたい!

88年(XR250R)、89年(XR600R)、90年(RMX250)と3回続けてメキシコのバハ1000に参戦しました。やはり旅先での人との触れ合いが一番の思い出になりますね。89年は、レース前にエンセナダで知りあったメキシコ人に「ラパスからの帰りに家に寄っていけば」といわれてゴール後の翌日に地図を見ながら迷うことなく寄ったところ、それはそれは凄い大歓迎を受けました。大きな農場を営むその一族が全員そろって40人以上だったかな。僕は子供たちと遊ぶのが大好きなので「せっかくだから日本語を教えてあげよう!」ということで始まりました即席のKJS:柏秀樹ジャパニーズスクール。はい、ウノ・ドス・トレス。いち、に、さん。というと子供たちが元気よく続きます。数字を1~10までと10010001万を教えたあとに、おはよう、こんにちは、こんばんは、ありがとうといった基本を大声でいうと、子供たちはすぐに覚えます。せっかくだから、その内容を紙に書いて渡しました。とにかく、すごく楽しそうで、屈託のない可愛い笑い声がたまりませんでした。午後の早い時間に訪問して、周囲はもう真っ暗。あっという間に時間が経過していました。で、帰り際に素敵なハプニングがありました。一緒に走った相棒(バハは1名でもいいし、2名あるいは3名交替がOKのレースなんです)とサポートスタッフ数名で訪問したのですが、そのひとりの日本人男性にひとめぼれしたのが農場のうら若き娘さんだったのです。素敵な彼女から「結婚したい!」とまで真顔で言われて本人は笑顔を隠せず、でも戸惑うばかり。われわれは「日本よりもここが似合っているし、ここに置いて行くから、じゃあな」といって結婚を強く勧めたのですが、「アスタルエゴ」(またあとで)ということで彼を置いていくことが出来ませんでした。うーん、超残念!もしも結婚していたら、こんな可愛い子供たちがもっと増えたでしょうし、バハに行く楽しみが何倍にもなったのに! というバハ丸出しのお話ではありましたが、子供たちの笑顔は世界最高の宝と改めて確信しました。これはそんな、お気に入りの写真のひとつ。クリスマスも正月もこんな笑顔で迎えたいなあ。90e5b9b4e38390e3838fe381aee5b8b0e3828a2

Filed under: ひとりごと… — Hideki Kashiwa 7:18 PM

I love 世界の道!

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あと2週間足らずで1月。正月といえばダカールラリーを私はいつもイメージしてしまいます。この写真は南米大陸で南北約5000キロに及ぶアンデス山脈を縦横に走るインカ帝国時代に作られた「インカの道」。1988年にインカラリーで走った時のもので、もちろんすべてダート。標高4000メートルを越えるところからのワンショットです。2年後の1990年の南米ラリー(3週間1万5千キロ)ではさらに5000メートルを越える経験をしましたが、コンペンセーターという高地補正が自動でできる特殊なキャブ(スイス仕様のテネレ600に使われたもの)のセッティングがぴったりだったので2回目のインカの道ではかなりラクに走ることが出来ました。でも、バイクより肝心の私が死ぬほど辛い酸欠を1度経験しました。そうそう、一緒に走った友人がコーラ(炭酸飲料)を飲んでから一気に山を駆け上がって悶絶・七転八倒の暗夜高路?高山病と同様に危険ですので、良い子は絶対にやらないようにね。で、年明けのダカールラリーのルートはアルゼンチンとチリだけではなく新たにペルーが加わったようですが、ここまでの高地には行かないかな、と勝手に思っています。そのまま崖下に転がり落ちるのでは?というぐらい路面が崖側に傾いた断崖絶壁のすぐ脇を走ることがあり、大型で車幅があるカミオンではあまりにも危険度が高いからです。ダカールラリーというと砂漠のイメージが圧倒的に強いのですが、南米開催になってからはクネクネの山の中を走る率が高まったのではないかと推測しています。神々しいアンデス山脈の山頂は雪に覆われた純白、そして限りなく黒に近いコバルトブルーの空と、風の音だけが聞こえてくる静寂の世界で、それはそれは例えようのないコントラストで見るものを圧倒します。そんな山の中をトコトコ走りながら砂漠(アタカマ砂漠など砂の質がアフリカとまた異なります)と山岳路比率を確認中、なんて初夢を見たいなあ。フォルクローレと美味しい料理と飛びきりハードなダート走行。うーん、ヨダレが出てきて年賀状が書けない!
Filed under: ひとりごと… — Hideki Kashiwa 10:58 AM
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