80年代の日本とバイクと僕と。

ロードライダーというバイク雑誌で「名車グラフィティ」という記事を10数年かけて連載してきた。その記事は187回(ぐらい)を数えて、今はその派生版として「ミドルバイク流星群」という見開きのコラムを連載中だ。1980年当時、いろんな仕事のひとつとしてバイクカタログや広告用写真のライダーをやっていた。CB750FやスーパーホークシリーズやXJ400などだ。今と違って合成写真を使わず、雨が降ったら晴れるまでロケ地で3日も4日も待機する、という時代だった。その一部がここに掲載しているロケ中の写真だ。4年前のロードライダーの「ジョニィのアルバム」というページで紹介させてもらった。80年代のバイク界といえば、右肩上がりでニューモデルが矢継ぎ早に登場し、レーサーレプリカ全盛を迎え、バブル経済崩壊とともに90年代以降の日本のバイク市場はシュリンクしていった。80年代の私は眼鏡をかけ、髪の毛もフサフサ。口ひげを生やしたりして、BMWのR50やスズキT21というお気に入りバイクと夏の夜を風呂の後に涼みながら走ることが大好きだった。それにしても、黒いR50のうしろに写っているスペーシー250フリーウエイというスクーターはパワフルだったなあ!インプレ記事のために水冷ツインカムのKL250Rで走ったのは何度も通った八ケ岳の林道だったか。マランカというイタリアンバイクを自宅の床の間に飾ったり、バイカーズステーション編集長に愛猫「おにぎり」を抱っこしてもらって写真を撮ったり、そしてあれから約30年が経過した。日本がこんな状況になるとはユメユメ思わなかったが、でも、バイクが大好きなことに今なお変わりはない。これからもいろいろチャレンジしたいし、いろんな人とバイクに乗れる喜びをもっと分かち合いたい。昔の写真もいいけど、もっとたくさんの素敵なシーンを求めて笑顔で走り続けたいと思っている。ああ、花の80年代!?

Filed under: ひとりごと… — Hideki Kashiwa 10:50 PM

節電で学んだこと。

この度の被災者の方々へ、心よりお見舞いを申し上げます。

直接に被害を受けなかったけれど計画停電で思うように仕事が進められない方々も多いのではないかと思います。停電・節電だけに話題を絞りますが、停電をできるだけ避けるための節電について、すでに多くの方が実行されていると思います。夜の街を走るとあちこちで街灯が消されています。コンビニもファミレスも例外ではありません。でも、よくよく考えると普段の家庭内の生活だけではなく、いろんな店舗や施設などについて今までが明る過ぎたのではないか、という思いをしています。

たとえば違った例えをしますと、ファミレスやファーストフードなどで流れている音楽。もしもその音量を大きくするとどうなるか。お客さんの会話のボリュームが上がる。逆に一切、音楽を流さないとどうなるか。きっと誰もが静かに話をするようになるでしょう。静かに話せる環境になれば、きっとお客さんは快適。満足します。だって、その方がラクであるし、声量の大小だけではなく、普通の声による会話なら微妙なニュアンスまで意思疎通できるようになる。会話というものは意思疎通があってこそ。大声でしゃべるだけでは結局のところ、相手には通じないことが多くなる。つまり、サービスのつもりの店内の音楽垂れ流しって、客にとってサービスのマイナス効果。選曲・音量・音質などほとんどすべて「サービス」という名のお店側の勝手な幻想だったりする。簡単に言うと音楽は大なり小なり客にとって迷惑ってこと。かなり音響にこだわって静かだけどちゃんと心地よい音がゆたかに流れているなら、話は別だけれど。

店内の明るさもますますエスカレートしていくと、ちょっと暗いだけでも「凄く暗い」ように感じるようになる。声の大きさも眼に眩しい光もエスカレートしてマヒ状態になる。スピードだって100キロでずっと走ると60キロが凄く遅く感じられる。つまり、音と光と速度の洪水は人を鈍感にしていくのではないか。これと同じ原理というわけではないけれど、街灯を明るくすると、看板がより目立つように照明をさらに明るく、より大型化するようになる。これでますます街が明るくなる。これで経済が活性化する側面もある。あるけれど、大切なエネルギーが無駄に消費されて失う側面も大きくなっていく。それって、収入は増えても電気代という支出(家庭内の電気使用だけではなく、いわゆる街灯は税金で賄うわけですよね)が増えて実質的な可処分所得が増えないようなもの。つまり、街が明るいと栄えているように見える。けれど、実際はそれだけのコストを間接的にも直接的に自分が負担していることになる。自分の負担額が大きくなると、本当にやりたい活動ができず、欲しい物も買えなくなる。

明るすぎる照明も大きすぎる音量も、いずれは人々の頭を悪くしていくのではないか。あるいは人々を貧しくしていくのではないか。もしもこの先、日本経済が立ち直るなら、せめて、いたずらに明る過ぎる・うるさ過ぎる街作り・店作りだけは避けていただきたい。

天災から我々が学ぶべきは文明の発展ではなく、普段から蓄積して行くべきほんの些細で謙虚な生活の知恵ではないだろうか。どんなに巨大な防波堤を造っても、どんなに安全と言われる原発を造っても天災は軽くそれらを吹き飛ばしてしまうのだから。

Filed under: ひとりごと… — Hideki Kashiwa 11:42 PM

新作タイヤ:ロードテックZ8インタラクト、いいよっ!

e58699e79c9f2170年代からずっとメッツラーファンで、13万キロ目前の愛車タイガーにもずっとメッツラー(ツアランスEXP)を使い続けている私だが、メッツラーが好きな理由は癖のない操縦特性、乗り心地や耐久性、ウエット性などトータルバランスに優れている点だ。ついこの前にデビューしたスポルテックM5の走行テストに感動しながら、今回デビューしたばかりのロードテックZ8インタラクト(以下、Z8)をテストして再び感動してしまった。

Z8は秀作と言われたZ6の後継タイヤだが、M5よりもツーリング指向のタイヤ設定だ。常識的に言えばスーパースポーツ車にはM5。ツーリングスポーツ車にはZ8というイメージになるのだが、結論から言えばスーパースポーツ車にもZ8をお勧めしたいほど。一般道、それも初めて利用する先の読めないワインディングや気温、天候など条件の厳しい道になるほどZ8はM5よりもさらに安心・快適でより楽しく走れるからだ。それでもスポーツ指向が強いならM5。どんな時でも安全安心でワイドな対応を望むならZ8、という解釈がいいだろう。

M5は継ぎ目なく特性の異なるコンパウンドを配置するメッツラーだけの技術NMC(ノンステップ・ミクスチュア・コンパウンド)、タイヤ剛性を無段階に制御できるMMW(メッツラー・マルチ・ワインディング技術)、タイヤの素材特性を活かすために最適なタイミングで混ぜ合わせるメッツラーだけのDSM(ディファレント・ステージ・ミキシング)、そして排水性を向上させるπデザインのトレッドを採用したが、Z8はこれに加えて新開発のナノスケール・コンパウンドを導入している。1ミリの1000分の1というナノ技術を導入することで粒子の数を増やし、発熱しやすいタイヤとした。たとえばウエットでのグリップ性を大きく左右するシリカ配合をZ6の50%からZ8では80%へとアップさせている。通常のタイヤではタイヤが摩耗すると一気にシリカ成分を失うことになるのだが、Z8では新品から摩耗限界まで変わらぬ性能が維持できる点が特徴という。

実際に一般道の雨の中や、閉鎖されたウエット路面コースでのテストで、フル加速、フルブレーキ、コーナリングで抜群の安心感を得た。常に高い接地感が前後タイヤから伝わってくるのだ。いずれも相当寒い外気温でのテストだった。高速走行時では直進安定性の高さも実感した。前輪タイヤのハイトを上げたことも関連しているのだが、段差越えなどの衝撃:ハーシュネス性が優れて、外乱から影響を受けにくいためだ。結果として手に伝わるショックも少ない。この改善率は5%というが、ツーリングユースではこの直進安定性としなやかな乗り味が低疲労を生む大きなメリットになるに違いない。ウエット路面で印象が良かったのはπデザインというグルーブ(溝)設計も関連している。排水性を高めつつ接地面を8%アップさせたことが効果を出しているのだ。

タイヤプロファイルはZ6よりもラウンドした形状になっているため、倒し込みが穏やかにできる。この洗練された操縦性ならビギナーがビビることもないだろう。だが深いバンクになるとグイグイ曲がるようにMMW技術でベルト張力を巧みにコントロールしているため、腕に自信があるライダーは予測不能なタイトコーナーでも、さらに安心で楽しい走りが実感できるだろう。

メッツラー(イタリアのピレリと経営母体は同じだが、技術は完全分離)はドイツの老舗らしく、モノ造りが非常に論理的。高い理想を設定し、理想を得るための戦略を立て、具体的に技術を創造する。そして多くのライダーが体ですぐに実感できる作り込みをしている。2009年からわずか2年間で5種類もの新タイヤをリリースしてきたのは、それだけ技術的な蓄積が豊富で、企業活力が旺盛な証拠だ。Z8は使用環境を広範囲にカバーしなければならない難しいジャンルのタイヤでもあるが、試してみる価値があると思う。

Filed under: ひとりごと… — Hideki Kashiwa 9:33 AM
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